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福島地方裁判所 昭和45年(ワ)318号 判決

原告(反訴被告) 富樫錦吾

被告(反訴原告) 斎藤小次郎

主文

一、別紙目録(二)〈省略〉記載の建物が原告(反訴被告)の所有に属することを確認する。

二、被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、別紙目録(一)〈省略〉記載の建物につき滅失登記申請手続をせよ

三、被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  本訴事件

1  原告(反訴被告)

(一) 主文第一、二項と同旨

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

2  被告(反訴原告)

(一) 原告(反訴被告)の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

二  反訴事件

1  被告(反訴原告)

(一) 別紙目録(二)記載の建物が被告(反訴原告)の所有に属することを確認する。

(二) 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、右建物を明け渡せ。

(三) 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、昭和四五年二月一日から右建物明渡しずみまで毎月末日限り金五〇〇〇円を支払え。

(四) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

(五) 第(二)、(三)項につき仮執行宣言

2  原告(反訴被告)

(一) 主文第三項と同旨

(二) 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴事件

1  請求原因

(一) 原告(反訴被告、以下単に「原告」という)は、昭和八年ごろ、被告(反訴原告、以下単に「被告」という)から、その所有にかかる別紙目録(一)記載の建物(以下「本件(一)建物」という)を賃借し、鮮魚商を営んできた。

(二) 右建物の敷地である福島市置賜町四七番の三宅地一〇七・二七平方メートルは、村上只七の所有であつたが、昭和二六年八月一〇日、原告がこれを同人から買い受けた。

(三) 昭和三三年三月ごろ、本件(一)建物が老朽し、居住するのが不可能の状態になつたので、原告は、被告の同意を得て、本件(一)建物を取りこわした。

(四) 原告は、そのころ、本件(一)建物の跡へ、別紙目録(二)記載の建物(以下「本件(二)建物」という)を建築し、その所有権を取得した。

(五) よつて、原告は、被告に対し、本件(二)建物につき、その所有権が原告に属することの確認および保存登記をするため、本件(一)建物の滅失登記手続を求める。

2  被告の認否

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)の前段の事実を認める、その余は不知。

(三) 同(三)中、原告が本件(一)建物を取りこわしたことは不知、その余の事実を否認する。

(四) 同(四)中、原告が本件(二)建物を所有することを否認し、その余の事実を認める。

3  被告の抗弁

(一) 建物滅失登記手続請求に対する本案前の抗弁

(1)  建物滅失登記は表示に関する登記であるから、登記官が職権でなすべきものであつて、利害関係人は、訴をもつてこれを求める利益がない。

(2)  本件(一)建物が滅失し、被告がその滅失登記申請義務を負うとしても、後記(二)記載の理由で、本件(二)建物は被告の所有に属するものであつて、原告はこれにつき自己名義で保存登記をすることができないから、本件(一)建物について滅失登記を求める何らの利益はなく、本訴は訴の利益を欠く。

(3)  本件(二)建物が被告の所有ではないとしても、原告は本件(一)建物に対して、被告から許された範囲を甚しく逸脱する工事を加え、しかも外部からその事実を発見することを著しく困難にして、十数年を経た後、突如本件(二)建物を自己の所有であると主張して訴求することは、信義則に違背し、権利の濫用であつて、排斥を免れない。

(二) 本案の抗弁

(1)  本件(一)建物が滅失したとしても、後記二1(二)(1) のとおり原・被告間に、昭和三三年三月ごろ、本件(二)建物の所有権を被告に帰属させる旨の黙示の合意があつた。

(2)  後記二1(二)(2) のとおり、被告は、取得時効により本件(二)建物の所有権を取得した。

4  原告の答弁

(一) 本案前の抗弁をすべて争う。滅失登記が職権でなさるべきものであるとしても、旧建物(本件(一)建物)の登記があるため新建物(本件(二)建物)の保存登記が受理されず、かつ、両建物の同一性について原・被告間に争いがあるため、登記官が職権の発動を躊躇している本件の場合には、訴の利益がある。

(二) 抗弁(二)(1) 、(2) については、後記二2(二)のとおりである。

二  反訴事件

1  請求原因

(一) 被告は、昭和八年ごろ、その所有する本件(一)建物を原告に賃貸し、その賃料は、昭和四一年ごろから月額五〇〇〇円となつた。

(二)(1)  原告は、本件(一)建物について昭和三〇年ごろから昭和三四年ごろまで、数次にわたつて改修を施した結果、右建物は本件(二)建物のような現況となつた。

(2)  かりに本件(一)建物が昭和三三年の改築により、本件(二)建物となつたとしても、そのころ、原・被告間に本件(二)建物の所有権を被告に帰属させ、かつ、右賃貸借契約を維持する旨の黙示の特約があつた。すなわち、

(イ) 原告が昭和三三年被告に対し本件(一)建物の内部改造をしたいと申入れをしてきたので、被告は、これを許したのであり、全部の取毀しなどは全く予想せず、工事の結果はすべて右建物に付合し被告の所有になると信じていた。

(ロ) 原告は右事情を知悉していたので、本件(一)建物の天井をことさらに残し、また二階のうち道路に面する部分を二階の他の部分より高くし、外部から全部改築の事実を知ることを困難にした。

(ハ) 原告は被告が昭和四五年一月まで毎月の原告の給付金を家賃として受領したことに何ら異議を述べなかつた。

(ニ) 原告は数年前被告に対し本件(二)建物を包み金で譲渡してくれと申し出たことがある。

(ホ) 被告は、本件(二)建物の公租公課を負担し、かつ、十数年間本件(二)建物に火災保険をかけ、その保険料を負担してきた、等の事情がある。

(3)  被告は、昭和三三年三月以降、所有の意思をもつて平穏公然に本件(二)建物を占有し、しかも占有を始めるにあたつて、本件(二)建物が自己の所有であると信じ、かつ、そう信ずるについて過失がなかつたから、昭和四三年三月末日の経過とともに、本件(二)建物の所有権を取得した。

(三) 原告は、右賃料を昭和四五年二月分以降支払わないので、同年六月八日、被告は、原告に対し、同月一一日までに、同年五月分までの延滞貨料金二万円を支払うよう催告し、右支払いをしないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(四) 原告は、同年六月一一日まで催告した賃料の支払いをしなかつたから、本件賃貸借契約は同日の経過とともに解除により消滅した。

(五) よつて、被告は、原告に対し、本件(二)建物の所有権が被告に属することの確認、本件(二)建物の明渡しならびに本件(二)建物の賃料および賃料相当額の損害金の支払いを求める。

2  原告の認否

(一) 請求原因(一)中、前段の事実を認め、後段の事実を否認する。

(二) 同(二)の事実をすべて否認する。

(三) 同(三)中、賃料の催告および契約解除の意思表示があつたことを認め、その余の事実を否認する。

(四 ) 同(四)を争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  まず、滅失登記手続請求についての本案前の抗弁について順次検討する。

1  まず本案前の抗弁(1) について考えてみると、滅失登記は、建物の表示に関する登記であるから、不動産登記法第二五条の二にもとづき登記官が職権で調査してなすべきものである。右の趣旨にかんがみると、同法第九三条の六は、滅失登記についての登記官の職権の円滑な行使に資するため、一定の者に申請義務を課し、登記官の職権発動の契機たらしめようとしたものであつて、他の利害関係人がこの職権の発動を促すことを禁止したものではないと解するのが相当である。そうだとすれば、申請義務者の右申請によつてとくに登記官が応答義務を負うものではないから、この申請と他の利害関係人の申請との間にはその効果において何らの径庭はないといわざるをえない。しかしながら、右建物の敷地上に新建物を建築したのに、滅失建物の登記が存するためその保存登記をすることができず、その所有権の完全な利用が妨げられている場合において、新建物と旧建物との同一性について争いがあるときには、旧建物の滅失登記について申出義務者の申請と新建物の所有者のそれとを比較すると、経験則上登記官は前者の場合には比較的容易に滅失登記をするであろうが、後者の場合には特段の調査を必要とするであろうし、申請人は資料の提供を余儀なくされよう。この場合において登記官が滅失登記をしなかつたとき、申請人がその不作為処分を不動産登記法第一五二条により争いうるとしても、問題は旧建物所有者と新建物所有者間の争いであるから、これを新建物所有者と登記官(国)との争いにおきかえることは、他に方法がなければともかく、最善の解決方法とはいい難い。すなわち、前述のように、ことは係争建物所有権の行使に対する妨害の有無の争いなのであるから、端的に所有権の侵害としてとらえることができ、それについてもつとも利害関係の深い新旧両建物の当事者間で解決するのが相当である。そして、所有権の侵害がある場合、その除去の最善の方法は旧建物の滅失登記であり、そのために私人としてなしうることは滅失登記の申請行為であり、それには、滅失登記のなさるべき旧建物の所有者の申請にまつのがもつとも有効であることは前記のとおりである。しかもこれを訴求する場合には、当然に新旧建物の同一性が審理判断されるから、登記官の収集すべき有力な資料ともなりうる。弁論の全趣旨によれば、本件においては、同一敷地上の本件(一)建物と本件(二)建物との同一性が争われ、登記官において本件(一)建物についての滅失登記をなすことを躊躇するおそれがあり、そのため本件(二)建物の保存登記をなしえない事案であることがうかがわれるから、被告に対して滅失登記申請手続を求める原告の請求は訴の利益があると解するのが相当である。

2  本案前の抗弁(2) は、原告が本件(二)建物につき所有権を有しないから、本訴は訴の利益を欠くというのであるが、本件(二)建物の所有権の帰属は本案において審理判断すべき事項であつて、本訴がその利益を欠くかどうかは、原告の主張に従い、本件(二)建物の所有権が原告に帰属することを前提として判断すべきであるから、被告の右抗弁はその前提において誤りがあり、その余の点について判断するまでもなく採用できない。

3  本案前の抗弁(3) は訴権の濫用をいうのであるが、原告に本件(二)建物の所有権が帰属することを前提とした場合、被告が第一次的に滅失登記申請義務を負うことは前記のとおりであり、被告主張のような事情があるとしても、滅失にもとづく損害の賠償はともかくとして、滅失登記自体にもとづく被告の損害はほとんど考えられないし、かりに本訴で被告が敗訴したとしても滅失にもとづく損害賠償請求権に何らの消長を及ぼさないから、原告の本訴の提起自体をとりあげて、信義則に違背し、権利の濫用にあたるということはできず、右主張もまた採用できない。

二  つぎに、本件(二)建物の所有権の帰属について判断する。

1  原告が昭和八年ごろ、被告からその所有にかかる本件(一)建物を賃借したことは当事者間に争いがない。

2  被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三号証の一、証人岩野文治、同村上只七、同斎藤トシの各証言および原・被告各本人尋問の結果ならびに検証の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  被告の祖父斎藤久治は、大正一五年二月二六日、村上只七所有の福島市置賜町四七番の三(当時の地番は五五番)宅地一〇七・二七平方メートル上にある本件(一)建物を、その所有者である小沼高蔵から買い受け、右敷地を右村上から賃借し、これに居住してきたが、被告は、右建物が通りに面しているので、これを原告に賃貸し、自分はその裏にある右村上の貸家を賃借し、居住するようになつたが、これは、同人に対する家賃および地代を支払つても、原告に対する家賃の収益が上廻るためであつた。

(二)  昭和一七、八年ごろ、被告は、右村上からその借家の明渡しを求められたので、原告に対して、本件(一)建物の明渡しを求めたところ、原告から、原告が紺野某から賃借している同市陣場町の居宅の賃料を負担するので、そこへ居住し、本件(一)建物を引き続き賃貸してもらいたいとの申出があつたので、これを承諾し、以後右居宅に住むようになり、現在に至つている。

(三)  昭和二六年ごろ、原告は、村上只七から、被告が本件(一)建物の敷地の地代を延滞しているので何とかしてもらいたいとの申出を受けたので、これを買い受けた。

(四)  昭和三三年ごろ、原告は、本件(一)建物が相当老朽化してきたうえ、原告の経営している鮮魚商の店舗として狭隘を感ずるようになつたので、被告に対して本件(一)建物を改装したいと申し込み、その承諾を得たが、本件(一)建物を取りこわし、新たに新築することを承認されたのではないのに、わずかに一階の天井を残したのみで、これを取りこわし、敷地のほとんど全部にまたがつて、新たに本件(二)建物を建築した。右建築費用には約一五〇万円を出損し、本件(二)建物は、本件(一)建物が一階三九・六六平方メートル、二階一九・八三平方メートルであるのに、一階八九・六五平方メートル、二階七〇・三四平方メートルであつて、延面積において約三倍に近く、その構造も全く異なつている。

証人岩野文治の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

右事実のもとにおいては、本件(二)建物は、本件(一)建物とは全く別個であり、右(一)建物は滅失したといわなければならない。そうだとすれば、本件(二)建物は、特段の事情のないかぎり、これを自らの出捐により建築した原告の所有に属するというべきである。

3  そこで、進んで被告の所有権移転の黙示の特約の抗弁について検討する。

(一)  昭和三三年、被告が本件(一)建物の一部の改造のみを承認したにすぎないことは前認定のとおりであり、これにより被告が本件(一)建物の所有権を失うようになろうと夢想だにしなかつたであろうことはたやすく推認しうる。

(二)  原告本人尋問の結果および検証の結果によれば、原告が右改築の際二年間程本件(一)建物の天井を残し、また二階のうち道路に面する部分を二階の他の部分より高くしたことが認められる。

(三)  成立に争いのない乙第二号証および原・被告各本人尋問の結果によれば、昭和三三年以降も昭和四五年一月まで原告は、被告に対し、その真意はともかくとして、以前の賃料にひき続き同額の金員を支払つたことが認められ、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

(四)  原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告が被告に対し、昭和三七、八年ごろ、本件(二)建物を包み金でくれと申し入れたことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(五)  成立に争いのない乙第五号証の一ないし四、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第四号証の一、二、および弁論の全趣旨によれば、被告が現在まで本件(一)建物の固定資産税を出捐していること、昭和四五年八月九日本件(一)建物につき日動火災保険株式会社との間に店舗総合保険契約を結び、保険料七一三〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は措信し難く、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

(六)  以上の事実のなかには、本件(二)建物の所有権を被告に帰属させる旨の合意を前提としてみるとつじつまが合うようにみられるものもあるが、必ずしもそれだけしか説明のつかないものではない。すなわち、(一)および(五)は被告の主観にすぎないし、(二)によつて原告にとり特別に有利な結果を導き出すとは考えられないし、(三)および(四)は原告が無断で本件(一)建物を取りこわしたことの穏便な解決を願つたための行為とも考えられるからである。本件(二)建物の所有が原告に帰属すること、前記の原告の同建物への出捐額、同建物の原告の店舗としての必要性等にかんがみると、被告主張の黙示の合意があつたものとは認められない。

4  さらに、被告の時効取得の抗弁について考えてみる。

まず被告の本件(二)建物の占有の点であるが、本件(二)建物に居住しているのは原告であつて被告でないことは前認定のとおりであり、さらに前認定のように本件(一)建物は滅失したものであるから、同建物についての賃貸借契約は消滅したから、被告の同建物に対する代理人による占有もまた消滅したといわざるをえない。原告の賃料相当額の支払いおよび包み金による譲受の申入れは、前説示のようにこれだけで新たに本件(二)建物について賃貸借契約が成立したものと認めるに足りない。したがつてその余の点について判断するまでもなく、被告の右抗弁もまた採用することはできない。

三  成立に争いのない乙第一号証によれば、本件(一)建物につき保存登記があることが認められ、本性(二)建物が前記の経緯で原告所有の本件(一)建物の敷地に建築されているのであるから、登記官としては本件(一)建物の滅失登記をすることについては慎重ならざるをえず、滅失登記がなされない以上、本件(二)建物の保存登記が受理されないであろうことはたやすく推認することができる。

四  以上の次第により、本件(二)建物の所有権は原告に帰属し、被告は原告に対し本件(二)建物所有権に対する妨害除去として本件(一)建物の滅失登記申請義務を負うものというべく、本件(二)建物の所有権の確認および本件(一)建物の滅失登記手続を求める原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、本件(二)建物の所有権の確認、同建物の明渡しならびに賃料および損害金の支払いを求める被告の反訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野達)

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